月別: 2019年6月

子どもへの性教育 の必要性

寝た子を起こす

子どもへの性教育の必要性を語ると、必ず言われる言葉です。
果たして、子どもたちは眠っているのでしょうか?

なかにはそんなケースもあるかもしれません。
しかしほとんどの子どもたちはおとなが思うよりずっと早く起きています。
しかも、多くの子どもたちはネットから流れてくる、好ましくない情報にさらされています。

正しい科学的な知識がないなかで、そのような情報にさらされた場合、どれが正しいのか、間違っているのか判断できません。
対等なパートナーシップと暴力的な関係の線引きも曖昧なまま、知識として積み重ねられていきます。

子どもの発達段階は様々で、その個性を尊重するなら、子どもの一番近くにいるおとな、親又は養育者が、発育に合わせて伝えられるのがいいでしょう。
もちろんそのおとなが子どもに性虐待をしない、性的搾取をしないことは言うまでもありませんが。

そのためにはおとなたちが、伝えるための知識を持たなければなりません。
隠語や幼児語ではない言い方で、笑ったり恥ずかしがったりせず、伝えられるでしょうか?

まずは、おとなたちが学ぶことの方が先決です。
性の知識は、恥ずかしいことでも、わいせつなことでもありません。
間違った認識が、恥ずかしいこと、わいせつなものにしてしまうのです。

虹色のたねが性教育に取り組む理由は、性暴力をなくすための予防教育としての位置付けです。

性犯罪の無罪判決が続くのも、司法関係者の無知からくるもの。
性的同意の本当の意味を多くの人が知らないこと。

被害後の対策も急務ですが、予防教育は被害を未然に防ぐ効果があることが国際セクシュアリティ教育ガイダンスでも記述されています。

【法改正によって虐待はなくなるか?】

先日、児童虐待防止法、児童福祉法、関連法案が可決され、来年四月施行が決まった。

幼い命が失われる事案が続いたことを受けたものだが、その抑止力はどこまで期待できるのだろうか?

未だに民法に監護者の懲罰権がある国というのも仰天だが、そもそもこの国は体罰容認派が七割にも及ぶと言われている。

体罰はしつけではない。

体罰がしつけになっていると誤認してしまう原因は
痛み、恐怖でその行動が止まるから。

しかし、なぜ殴られたのかはわからない。
要するに、しつけをするのであれば、良くない行動がなぜ良くないのか、してほしい行動はなんなのかを伝えなければならない。

体罰はしつけではない。

子どもに伝わることは
痛み、恐怖だけではなく
人を暴力によって思い通りにできること
暴力は学ぶものだから

繰り返される暴力で命を落とすのはいうまでもないが、多くの子どもたちはその壮絶な家庭の中で、生き抜いておとなになっている。

自分の受けた虐待について、信頼できる人との出会いの中で語ることができたら、暴力による支配をする人にらはならないだろう。
アメリカでの追跡調査では、虐待を受けて育った人の三分の二は、暴力を振るわない人生を選んでいるからだ。

法が改正されることは一定の効果をもたらすかもしれない。
しかし、被虐待児の真摯な訴えや救いを求める目に敏感なおとながもっと必要なのではないかと思う。

https://digital.asahi.com/…/art…/photo/AS20190618001696.html

【人の多様性】

一般企業でよく言われている、「あの人仕事が出来る」「あの人、全く仕事が出来なくてダメ」って、なんでしようか?

仕事が出来る人は、売上を上げる、リーダーシップがある。プレゼンが上手い。等、大体誰が見ても同じような評価をされると思いますが、仕事が出来ない人は、評価が難しいと思います。

売上成績が悪くても経理や総務の仕事だったら出来る、とかプレゼンが下手でも、契約はしっかり取って来る人はいます。
また、遅刻や欠勤で会社の規定に馴染まないけど、別の才能がある。

一面だけ見て仕事が出来る出来ないの評価は、難しいと思います。

私は、百貨店に勤めていた時、毎月コンスタントに2千万円売っておりましたが、それは宝石とか形があるもので、劇場のチケットとか保険は全く売れませんでした。

同じ営業の仕事でも得意不得意があります。
ですから、私が保険の営業とか、劇場の営業でしたら、仕事が出来ない人と言われていたと思います。

人との比較、競争の社会にあると、自ずと、他者と違う人を排除するようなことが起きます。
昔からあったものですが、今はそれをパワーハラスメントと定義し、企業は予防に取り組むよう指針が出ています。

多様性を尊重し、適材適所の人事、人間関係の把握など、企業に課せられた責任は年々重くなってきています。

虹色のたねで提供しているハラスメント対応研修は、東京都労働局にも採用され、高評価をいただいています。

虹色のたねでは、人の多様性を尊重し、全ての人が煌めく社会の実現を図るべく、活動してまいります。

【ボランティアだからいい?】

「ボランティア」皆さんのイメージは、どんな感じでしょう?
無償、学生、高齢者、災害、緊急。。。
どれもその通りであり、違う視点もあります。
NPOの組織運営に関わってきて、一番のボランティアは、理事の皆さんだと思います。

理事に就任していただく時点で、総会による選任の承認決議、その後就任承諾書の作成をするのですが、過去に一定の犯罪歴がないか、などなど、所轄の警察のデータと照合してもいいという怖い書面に署名又は記名捺印をします。

めでたく理事に就任すると、その団体の予算執行、事業計画の進行管理、あらゆることに責任を負うことになります。
役員報酬規定によって、総会で定められた上限を限度に役員報酬を受け取ることは可能ですが、潤沢な資金がなければ、難しい団体がほとんどでしょう。

無償、もしくは場合によっては、持ち出しも覚悟でなぜ関わるのか。
活動への共感、団体の行く末まで責任を負う覚悟、自分の持つリソースをこの団体に提供できる、などなど
名誉職として、肩書きとして、などという理由はほとんどないと思います。

理事会への出席はもちろんのこと、寄付集め、会員集めへの協力、団体の広告塔といっても過言ではありません。
なかには、そんなつもりではなかったと、離れて行く場面にも出くわします。
最初のコミットについて、ご自身の中での消化ができていないケースがほとんどです。

なぜそこまでしても引き受けるのか。
それは社会を変えたいからではないでしょうか?
その強い思いなしに、安易な引受はオススメしていません。
虹色のたねでは、組織設立の段階での役員構成のご相談にもアドバイスさせていただいています。

2019年7月27日(土)17:30〜19:30 イベントを行います。

イマドキの子どもたちは、、、
そんな言葉をよく耳にします。

確かに、昭和世代から見ると、スマホを自由に操り、恋愛も自由奔放に見えるかもしれません。

ツールは確かに変わりました。

それは彼らのせいではありません。

性の情報は氾濫し、誰でもアクセスできる一方で「寝た子を起こすな」との「配慮」から、正しい性の情報にたどり着けずにいることはどう考えたらいいのでしょう?

適切な情報にアクセスできないことで、若年出産、中絶、性感染症、デートDV、危険にさらされているのはイマドキの子どもたち。

ただどうしたらいいのか分からず、立ちすくんでいるうちに、自ら選んだのではない結果になっていることはないでしょうか?

日本思春期学会理事で、ネットのプロフェッショナルの宮崎豊久さん(とよさん)と、デートDV予防教育と支援の分野、性教育の専門家の池畑博美(ひろみん)がコラボセミナーをいたします。

こちらは、虹色のたねがLUSH チャリティバンクのご支援をいただき、参加費無料で開催することが可能となりました。

ぜひ、思春期の子どもの近くにいるあなた。
ご参加お待ちしています。

日時:2019年7月27日(土)17:30〜19:30

場所:かながわ県民センター 710会議室

費用:無料

定員:20名

対象:思春期の子どもの性について関心のある方ならどなたでも

✴︎セミナー終了後、近隣の飲食店で懇親会を行います。
費用は各自負担で、任意参加です。
ぜひ交流を深めるために、お時間ある方はご参加くださいませ。

申し込み方法:イベントページへの参加表明または池畑までメッセージ、または虹色のたねへのメールにてお申し込みくださいませ。

https://www.facebook.com/events/386964575240522/?ti=icl

【対等なパートナーシップ】

DVにおいて、加害側には相手を対等とみないことがそもそもの要因となります。

今日のTwitterのタイムラインでこんな内容のものがありました。

入籍前は、お互いを下の名前に「さん」付けで呼び合っていた。
入籍の日から「お前」と呼ぶようになった。
元のように「さん」付けで呼んでほしいと伝えると、鼻で笑いながら上下関係わかってんのかよ?
と言われた。
その後、モラハラで裁判離婚に至ったそうです。

夫婦、パートナーシップにおいて、一方が他方を支配するために取る手段の一つが、この呼び名のエピソードに現れているということでしょう。

加害側は力を持った存在として、相手を支配して良い特権を持っているとの価値観を持っています。
明確なルールの下、相手を自分に従わせようとします。

単なる喧嘩とは全く違う構造です。
明らかな身体的な暴力がなくても、DVになります。

男性から女性へのDVが多いのは事実ですが、女性から男性、同性愛の関係においても起こります。

支配の強化によって、学習性無力感に陥り、自分からその環境から離れることができなくなり、時折気まぐれに見せる優しさに絡め取られていくのです。

DVについては、力と支配について捉えやすいものですが、虐待やイジメ他のハラスメントなどでも同じ構造があります。

虹色のたねの暴力をなくす活動の中で、基本としている考え方の一つです。
DVのご相談も承っておりますので、お氣軽にお問い合わせくださいませ。